21世紀の不平等

2月の初めから読み出した本。約4ヶ月かかってようやく読み終えた。これもピケティの「21世紀の資本」と同様に様々な分析がされている本だが、全体のメッセージを示そうとすると難しい。だから訳者の山形さんは「訳者はしがき」で全体の見取り図を示そうとしたのかもしれない。
21世紀の資本」は「r > g」という単純化で格差の原因を捉え*1、それに対して単純な解決策(グローバル累進課税)を提案しているけれど、この本では格差の原因とそれに対する対応を様々取り上げ、分析している。だから読んでいて自分がどこにいるのか、居場所がわかりにくくなってしまう感じがあった。

この本で不平等の状況の確認(21世紀の不平等と同様に、第2次世界大戦後のヨーロッパは格差が縮小し、1980年以降拡大していると指摘している)の後、アトキンソンは15の提案をし、4つの系統すべきアイデアも提示している。この提案、提示がこの本を読み進める歳の道標になると思う。

  • 提案1:技術変化の方向を政策立案者たちは明示的に検討事項とすべきである。イノベーションは労働者の雇用性を増大するような方向へと奨励し、サービス提供における人間的な側面を強調すべきである。
  • 提案2:公的政策は、ステークホルダー間の適切な権力バランスを目指すべきであり、そのためには(a)競争政策に明示的に分配的な側面を導入すべきであり、(b)労働組合が労働者を平等な立場で代表できるような法的枠組みを確保すべきであり、(c)社会パートナーや各種非政府団体を含む社会経済評議会が存在しない場合には、それを設立すべきである。
  • 提案3:政府は失業を防止・削減する明示的な目標を採用し、求める者に対して最低賃金での公的雇用保証を提供することで、この目標を具体化すべきである。
  • 提案4:国民報酬政策を作るべきである。これは二つの要素で構成される:生活賃金で設定された法定最低賃金と、社会経済評議会を含む「国民的対話」の一部として合意された、最低賃金以上の報酬慣行規範である。
  • 提案5:政府は国民貯蓄国債を通じ、貯蓄に対するプラスの実質利率を保証すべきである。1人当たりの保有高には上限を設ける。
  • 提案6:成人時点で全員に資本給付(最低限相続)を支払うべきである。
  • 提案7:公的な投資当局を作り、ソヴリン・ウェルス・ファンドを運用して企業や不動産への投資を保有し、国保有の純資産価値を増やすべきである。
  • 提案8:個人所得税の累進性を高める方向に戻す。限界税率は課税所得の範囲に応じて上がり、最高税率は65パーセントにして同時に税収基盤を広げるべきである。
  • 提案9:政府は個人所得税に勤労所得割引を導入すべきである。これは一番低い所得区分に限るものとする。
  • 提案10:相続や生前贈与は累進生涯資本受給税のもとで課税すべきである。
  • 提案11:最新の不動産鑑定評価に基づいた定率または累進的な固定資産税を設ける。
  • 提案12:全児童に対し相当額の児童手当を支払い、それを課税所得として扱うべきである。
  • 提案13:全国レベルで参加型所得(PI)を導入し、既存の社会保護を補うようにして、いずれ全EUでの児童ベーシック・インカムを視野に入れるべきである。
  • 提案14:(提案13の代案)社会保険制度を刷新し、給付の水準を引き上げ、支払範囲を拡大すべきである。
  • 提案15:富裕国は公的開発援助(ODA)の目標額を、国民総所得の1パーセントに引き上げるべきである。
  • 検討すべきアイデア:世帯が融資市場にアクセスして住宅担保以外の借り入れを可能にすることについての包括的な検討。
  • 検討すべきアイデア:民間年金への拠出についても、現在の「優遇」貯蓄制度と同じやり方で「所得税に基づく」扱いを検討する。これは税の支払いを促す。
  • 検討すべきアイデア:年次資産税の是非の再検討と、それを成功裏に導入するための条件の検討。
  • 検討すべきアイデア:総資産額に基づく個人納税者に対する世界的な課税制度。
  • 検討すべきアイデア:企業に対する最低課税額を設ける

上の提案や検討すべきアイデアの記述を含めて、この本全体を通じて取り扱われる制度やその運用は、英国のものが中心になっている。そのために日本人からするとちょっとわかりにくいところもある。
あと、この本の大筋からは外れてしまうけれど、2000年代の中南米も格差が縮小(具体的にはジニ係数相対的貧困率がともに低下)していることが指摘されていて、興味深い。その理由としては市場所得の変化(教育水準の高い労働者へのプレミアムの減少や最低賃金の上昇)と再分配の拡大の組み合わせ(貧困者対象の給付金の引き上げ)が挙げられている。

21世紀の不平等

21世紀の不平等

*1:それに至るまでの各章の分析も面白いのだけど