世界は危機を克服する ケインズ主義 2.0

ジンバブエの出張から帰国する10月末に読み始め、ナミビアへの出張を挟み、バングラデシュん向かう飛行機の中でようやく読み終えた。もうちょっとインテンシブに読みたかった。

リーマンショック以降の世界経済危機がどのように生じ、それに対して各国の政策当局がどのように対応してきたか。そしてその政策対応がどのような意味や問題点を持っていたのかを経済学的な視点で分析している。

1940年代から1960年代にケインズ経済学が主流だった時代のケインズ主義は、財政政策積極主義と金融政策消極主義によって特徴づけられる。著者は、これを「ケインズ主義Ⅰ」と呼ぶことができるだろうとしている。この時代のほとんどはブレトン・ウッズ体制のもとで、各国の為替レートが固定され、各国には自由な金融政策の余地はほとんどない時代でもあった。

それに対して、リーマンショック以降の世界経済危機を経て浮かび上がってた新しいケインズ主義は、いわば「ケインズ主義Ⅱ」とでも名づけられるべきもので、それがこの本の副題の「ケインズ主義2.0」となっている。その本質は、赤字財政主義と金融政策積極主義の統合である。

1970年代のスタグフレーションの時代以降、ケインズ経済学はもう有効ではなくなったという論調になり、「誰がケインズを殺したか」という本もあった*1。筆者は、「1970年代から2000年代までの40年間に生じたとされる「ケインズ主義の没落」とは、現実には「財政政策主導のケインズ主義」すなわちケインズ主義Ⅰの没落にすぎなかった」としている。その理由は、「財政政策はマクロ安定化政策としての役割から退いたものの、それは単にその役割を金融政策にゆだねたというにすぎず、「所得と雇用の政策的な安定化」というケインズ主義の中核的理念は、まったく揺らぐことはなかったから」と述べている。そして、リーマンショック以降の世界経済危機以降、金融政策だけでは回復の難しい状況の中で、再び財政政策が脚光をあびることになったとしている。

しかし、政策研究レベルでは「ケインズ主義 2.0」が認識されても、それが政策手段としては充分に認知されているわけではない。リーマンショック以降に各国でとられた財政拡大策も、財政赤字や累積債務の恐れのために早々に手じまいされてしまった感じがある。この本においても欧州ではPIGS、それから米国の緊縮財政への交代が経済危機を大きくしたり、景気回復を遅らせてしまったことが分析されているが、新興国・途上国の経済危機時の対応の仕方を分析することによって、財政規律主義よりもに経済成長主義の遺児の方が重要であるというコンセンサスを気づいていくことが必要だと思う。

各章の分析を以下にまとめてみる。

第1章:世界経済危機の変質

第2章:世界金融危機はなぜ起きたのか

  • 世界的金融危機はなぜ起きたのか、その再発防止としてどのようなことが考えられるか。
  • 金融の自由化と規制の形がい化が金融危機の悪化の理由の一つにはなっている。しかし同時に資本主義の宿命の一つとして、信用の連鎖からなる金融システムを不可欠の制度的要件としており、そこから派生する内在的な不安定性(ナイト的不確実性に結びつくと思われる)も孕んでいる。

第3章:世界経済危機と、危機下の経済政策

  • 世界経済危機時の欧米、アジアの経済パフォーマンスと、各国がとった経済対策。経済対策は「金融政策」と「財政政策」という二つの政策手段を用いて「金融市場の安定化」、「安定的な経済成長への復帰」、「財政健全化」という三つの政策目標の実現を目指した
  • 欧米では、伝統的な金融政策が限界に達した中で、非伝統的金融政策がとられた。
  • 2008年以降の主要国の大規模な財政政策とその後の緊縮への転回。

第4章:主要国のマクロ経済政策とその中間的総括

  • 雇用の改善を判断基準にすれば、リーマンショック後のマクロ経済の回復はアメリカが最も良好、次は、日本、イギリスでユーロ圏が大きく引き離されて最悪と言える。
  • 「受動的財政政策」と「積極的金融政策」のポリシー・ミックスが必要であると思われる。「受動的財政政策」とは「財政引き締めの先送り」を意味している。不況下において最も避けるべきは、経済的あるいは政治的な圧力によって財政緊縮を強要されることだからである。

第5章:不況下における財政政策の基本原理

第6章:非伝統的金融政策の論理I

第7章:非伝統的金融政策の論理II

第8章:財政と金融の統合政策

  • 財政赤字のマネー・ファイナンスは、景気回復とデフレ脱却のための最も確実な手段。
  • 2つのシニョレッジ(貨幣発行益)「貨幣の額面価値と鋳造費用の差額」「貨幣の発行によって中央銀行が受ける金利収入」は経済学的には同値。
  • 貨幣発行益としてのシニョレッジには、「成長貨幣の供給」と「インフレ課税」という二つの源泉がある。

第9章:世界的マクロ安定化への課題

  • 中央銀行がバランス・シートを拡大する中で、国債金利が上昇すれば、中央銀行は大きなキャピタル・ロスを負うことになる。これは民間銀行が負うはずだった損失の中央銀行への移転で、統合政府にとっては財政負担になる。しかし、量的緩和違反論者はこの副作用を過大評価している。
  • ユーロ危機の本質:最適通貨圏の条件を満たしていない国々が統一通貨を導入した場合にはどのような困難が生じるのかを示した、経済学的実験の結果だった。
  • ユーロに固執するかぎりどの国も内的減価にともなう苦痛を避けることはできないが、それを和らげる手段が少なくとも二つは存在する。その第一は、ドイツがより高いインフレ率を受け入れること。第二は、名目賃金の切り下げを政府主導の所得政策として行う「地域的デノミネーション」の実行。

第10章:政策パラダイムとしてのエインズ主義と半ケインズ主義

  • 政策パラダイムは、ある価値判断に基づく政策目標こそが、取り替え不可能な「中核」で、その目標の達成のための政策手段や、その政策手段と政策目標との間の因果関係を説明した経済理論は、取り替え可能なものである。
  • クルーグマンマネタリスト反革命から実物的景気循環理論に至る、ケインズを殺したと称している新しい古典派経済学なるものは30年以上も前より成立していたケインズ経済学よりもあるかに無益であり、時には有害であった」
  • クルーグマンは自らの政策論の重点が、金融政策から財政政策へ、そして再び金融政策へと、二転三転したことを告白しているが、その理由は理由が、経済学的な根拠よりはむしろ、政治的な意味での実現可能性にあった。
  • ケインズ主義の防備帯(財政政策から非伝統的金融政策へ)に生じたこの30年間の漸進的進化は、その政策プログラムの持つ驚くべき生命力を示している。
  • ケインズ的赤字財政主義にとって、拡張財政は必ずしも必要条件ではないが、非増税は絶対的な必要条件なのである。
  • ケインズ主義が政策戦略において真っ向から対立するのは、マネタリストではなく、もっぱらマクロ緊縮主義のほうである
  • ケインズ主義は今後も、緊縮主義と対峙しつづけていかなければならない。緊縮主義は単に、政策当局者の思考のなかにのみではなく、多くの人々の意識や無意識のなかに深く入り込んでいる。
  • ケインズ主義にとっての世界経済危機は、非伝統的金融緩和政策やヘリコプター・マネー政策といった新たな政策戦略の可能性を示すものであったと同時に、緊縮主義という古くからの敵を軽視してはならないという重要な教訓をも残した。

*1:この本ではこれに対して「https://www.amazon.co.jp/dp/4532354021/:title=なにがケインズを復活させたのか?」が紹介されている。