「学力」の経済学

2016年に入って読み始めた本。バンコクからダッカに向かう飛行機の中で読了。

「教育」は多くの人が自分の経験*1から何かしらの考えを持っていて、それに基づいて語ることができる。しかし、それは個人的な経験であって、「なぜその主張が正しいのか」という説明が十分ではないのではないか、というのが経済学のツールを使って教育を分析する著者の最初の主張。

そして「ランダム化比較試験」や「自然実験」などのツールによって実験・研究された成果を紹介している。

  • 子供をご褒美で釣ってはいけないか
  • 勉強は本当に大切か
  • 少人数に効果はあるか
  • いい先生とはどんな先生か

という構成の各章で、主に米国や途上国での実験の結果からの知見を紹介している。

米国では、2000年代から自治体や教育委員会が自らが行う教育政策の効果を科学的根拠をもって説明する義務が生じ、このような経済学的な分析が進んだ。途上国でも「ランダム化比較試験」や「自然実験」に基づく政策評価は、教育だけではなく、金融(マイクロファイナンス)、保健衛生などの分野に活用されている。

でも日本ではなかなかこのような手法を使った実験・研究が進まない。上に挙げた実験・研究の成果も米国や途上国の研究で、日本では文脈が異なるのではないか、ということもある(著者もそう指摘している)。日本でも同様な実験・研究が進めば、日本ではどうかということも分かるだろうし、国際的な知識のストックになると思うのだが。

日本でエビデンス・ベースの教育の経済学的分析が進まない理由の一つには、研究者が入手できるデータが足りないということを著者は挙げている。例えば、部科学省やその関連機関に所属する研究者など、限られた人以外はアクセスできない。

全国学力・学習状況調査は統計法で定められた「統計」ではないからです。「統計」であれば、研究者はアクセス可能なのですが、実際は「意見・意識など、事実に該当しない項目を調査する世論調査など」(総務省のウェブサイトより)という扱いになっており、研究者はこのデータを学術研究に用いることができないのです。

ということになっている。「学校教員統計調査」という教員の育成や人材配置に関する統計も同様の扱いとのこと。特に経済分野で統計の作成方法の見直しなどが言われているが、こういう隠れた情報もあるだろうし、こういうものを活用するのが若田部先生がこの本で書かれていた「政策イノベーション」の一つになるように思う。

日本でエビデンス・ベースの教育の経済学的分析が進まない理由には、ランダム化比較試験の手法もあるのではないかと思われる。途上国の日本の援助プロジェクトでも、ランダム化比較試験はまだ本格的には導入できていないと思う。私は、トリートメント・グループとコントロール・グループの間での平等が損なわれるというのが反対の大きな理由だと理解している。日本国内でランダム化比較試験を行おうということになれば、も問題になるのだろう。


このように日本では、エビデンス・ベースの教育の経済的分析を行うのは難しい助教にあるが、著者は民間の組織や民間の学習塾と連携して、「いい先生とはどんな先生か」に関する研究を行っているとのこと。こういうところから風穴が開くといいなと思う。

*1:自分が受けてきた経験と、自分が子供などに施している経験の両方。